アルコール依存症からの回復には、「帰れる場所」と「共に生きる仲間」が欠かせません。ジャパンマックは、創設者ジャン・ミニー神父の回復経験と、「孤立」と向き合ってきた実践から、そのための環境づくりに取り組んできました。
ジャパンマックの歩みは、創設者ジャン・ミニー神父(John Meanea)が自身のアルコール依存症からの回復経験をふまえ、「仲間の回復にどのような支援が必要か」を検討したことから始まりました。 日本で回復者や支援者と関わる中で、彼は日中の活動の場を提供するだけでは十分に解消されない孤立の問題があることを認識しました。
1978年、東京の下町エリアに「三ノ輪MAC(マック)」として開設され、当初は「デイケア・センター」という名称が付けられていました。 日本でも早い時期にAA(アルコホーリクス・アノニマス)の12ステッププログラムを導入した通所リハビリテーション施設です。
アルコール依存症者が日中に集まり、プログラムやミーティングに参加できる場として始まりました。 そこでは、仲間と語り合いながら回復をめざす取り組みが行われ、当時としては先駆的な試みでした。
しかし創設者のミニー神父は、デイケアだけでは再飲酒を防ぎきれないという問題に直面しました。 病院や施設を退院・退所した人々が、日中はプログラムに参加していても、帰宅後の時間に孤立し、再び酒に戻ってしまう事例が少なくなかったのです。
この背景には、アルコール依存症がしばしば家族や職場などの人間関係の断絶をともなう病であり、社会的な孤立が強まりやすいという特徴がありました。 ジャパンマック発行の『ジャン・ミニーの12ステップ』では、仕事とミーティングを終えて一人暮らしのアパートに戻り、銭湯やコインランドリーを利用しながら黙々と家事をこなす生活が記されており、人との関わりが乏しい日常が再飲酒の引き金になり得ることが示されています。
こうした経験の蓄積から、マックでは「日中のデイケアだけでなく、夜間や生活の場も含めて支援する必要がある」という課題認識が共有されるようになりました。 その結果として、ナイトケアや共同生活を取り入れたプログラムが検討され、実際の支援の形が徐々に拡大していきました。
マックの支援の原点は、アルコール依存症という「孤立の病」と真正面から向き合い、仲間と共に生きる「環境」を粘り強く創り出していくことにあります。 デイケアの限界という現実からナイトケアの創設へと至った歩みは、決して机上の空論から生まれたものではありません。 それは、当事者一人ひとりの夜の孤独や痛みに寄り添い続けたからこそ生まれた、実践的な知恵の結晶と言えます。
ミニー神父が植物の栽培に例えて、「回復は場所です。環境です」と語りました。 人間的な力だけではなく、適切な場所と環境が回復に不可欠です。
もし今、あなたが、あるいはあなたの大切な人が、出口の見えない孤立感に苛まれているのなら、回復への道は決して一人で歩むものではないことを思い出していただきたいと思います。 私たちジャパンマックは、これからも仲間と共に安心して「ただいま」と言える場所であり続けることを目指します。 扉はいつでも開かれています。 あなたの帰りを待つ仲間が、ここにいます。
依存症は、適切な支援により回復が可能な「病気」です。 ジャパンマックでは、支援が必要な方々に生活支援と回復プログラムを継続的に提供しています。 活動の継続には、皆さまからのご支援が大きな力となります。 私たちの取り組みに賛同いただけましたら、寄付で応援をお願いいたします。