kk - オハナ

Women's Adiction support center
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メッセージ
 ご連絡頂いてありがとうございます。
 思い起こせば39年前ですね。北海道で本当に本当にどうしようもなくなって、北海道では手に負えず、東京に行けと言われ、当時男性のスタッフに羽田に連れてこられ、(Sさんが)羽田に迎えに来ていました。それで私は本当によちよち歩きの子供のようにSさんの洋服をガッチリ握って「まずMさんの所に行こうね」という所からの始まりでした。
 Sさんの大好きだったところは、プログラムもそうなんですけれども、自分の経験を通して、人間の勘というか、女性の勘、本能で、その本能を言葉に表してくれたことがとても私に響きました。それはですね、「物のない事に感謝しなさい」「全ての物を失くさなかったら、あなたはここに来なかったでしょ」でした。
 何もなかったです、何も。本当に小さい段ボール2個でした、送ったのは。それしかない。現金ゼロ。昔の私から見たらとんでもない話ですよね。万札を千円札のごとく使ってた自分ですよ。それで毎日毎日、施設のプログラムのミーティング場に通うための、AAミーティングに通うための交通費を100円単位で持たされるんです。自分のお金じゃないんですよ、借金なんですね。施設のお金なんですね。当時、生保をプッツリもう、札幌で切られました。その時にですよ、「モノのないことに感謝しましょう」ですって。それから、イライラしたら「天を仰いで感謝!と叫びなさい」って。もう訳がわからないですよね。
 それでね、施設に繋がって6ヶ月目ですよ。飲むか飲まないかじゃないんですよ、もう生きるのが嫌になったんです。フルタイムで仕事して、グループホームのことをやって、AAミーティングに出て、ちっとも良いことないと。本当に死のうと思って電車のホームに立って、駅のホームに飛び込む事ばっかり考えていたんですね。当時Sさんは月に二回程泊りで来ていました。その時もズバリ言われました。「Kちゃん、何考えてるかわかるよ」それでいきなりです。K駅のホームでですよ、「Kちゃんが死んだらね、離れて暮らしているお子さんも死んじゃうよ」って。「あなたが今お酒をやめて一生懸命生きているから娘さんも一生懸命生きているのよ。苦労してるのはあんただけじゃないわよ」って言ったんです。だから最後が凄いんですね、言葉が。目が覚めました(笑)。最低限当たり前のことをやってるのに、もう嫌になってしまったんですね。そこから「すこし生意気になってるんだよ、あんたは」って言われたんですよ。「ああ生意気ね…お前の方が生意気だぜ」っていう感じですよね。
 それでもう病院のメッセージに行きなさいと。そこでも助けられました。Sさんの凄いところは、口もキツイんですけど、言っていることとやっていることが同じなんですね。なかなかできない事だと実感するんですけど。当時は朝昼夜ミーティング会場ね、違ってましたから。いちいち移動するんですよね。お昼持って移動するんですけど、午後のミーティングが始まる1時半、もうギリギリに会場に着くって時は、皆、一斉に弁当広げて。またプログラムが始まるんですよ。その時にもばかばか食べながらしっかりやってるんですよね。凄いなと思いました。にもかかわらず、Sさんのパンツスタイルは見たことがないです。いつも優雅にスカートをはいて、中ヒール程度の靴を履いて、もっすごく歩くんですよね。
 それから忘れられないのは、私はSさんに「私、札幌に帰らない。埋め合わせも嫌だし10年ぐらい東京にいるわ」と。「チョロいチョロいと東京で生きられるようになった、帰らない」って言ったら「帰りなさい」と。「帰りたくなくなったら帰った方がいいよ」と言われました。
 職場も手放したくなかったんですね。職場は絶対手放したくないと。正社員ですよ、健康保健証もあるんですよ。そこそこ給料も貰って。一人でじゅうぶん生活していけると思った。そうしたらSさんのまたキツーイ一言がきましたね。「職場を手放したくないという事はお酒を手放したくないという事だよ」と。当時は分からなかったです。「意味がわかんねーよ!」と、すぐ口ごたえしました。「意味がわかんねーよ」と。この仕事、手に入れる為にどれほど苦労したかと(笑)。自分一人だけ苦労しているんだって。そうしたら、「今、分からなくていい」と言われました。それで最終的には「あなたのようにまだ苦しんでいる依存症者は北海道に沢山いるよ」と。
 これには参りました。先程も話していた仲間がいましたけれども、Sさんの言動は本当に、「まだ苦しんでいる依存症者を助けたい」という思いに溢れていたんですね。私もこの人のようになりたい、だったら自分も、ステップ12ですけれど、まだ苦しんでいる依存症者の、少しは助けになるかな、と。なればいいな、という事で帰ることを決心したんですけど、一人で。それで、いよいよ帰る時にSさんは「Kちゃん、女性の先行く仲間は周りにいないけれども大丈夫?いくらでも好きな事できる環境だね。大丈夫?」って言われましたけど、ただ頷くだけでした。それでもSさんと常時一緒にいて、Sさんの姿を見られる時はその偉大さは良くわかりませんでした。離れてみて、自分のやっていることを見て、本当に足元にも及びませんけれど、Sさんと同じことが少しずつ出来ているんですね。
 やっぱり本当に、札幌に帰ってからも厳しい環境でした。でもやり通すことが出来たのはね、Sさんを通してまた当時の仲間を通して、私自身が身に付けたもの。心の中に蓄えたもの。それは本当に濃縮なものでした。それを少しずつ少しずつ薄めながら、何とか10年位は生きられたような気がするんですね。それからは本当に本当に、今度は札幌で実践したプログラムが試されるようになったんですけれども。本当に今回連絡をいただいた時は何の迷いもなく「行きたい」と。「行かなかったら後悔する」って夫に話したんですけど。夫も一緒に来たかったんですけども、ちょっともう、前から決まっていた予定があったのでくれぐれも宜しくという事でした。
 それで、私の夫も同じ依存症者なんですけど、Sさんに「こういう人と結婚することにしました」って言ったら、「え!あの病気のキツイ人と!」っていう。(笑)そしてまたトドメです。「キツイ者同士合うかもね」と言って。ここ30数年もってます。結婚してから、再婚してから生まれた子供が31歳で、8月6日の仏滅の土曜日に京都で結婚式を挙げました。それで、夫と2人でSさんの偲ぶ会なんですけれど、本当に色んな事があったけれども、やっぱりこういう風な形で、良いことが少しずつ少しずつ与えられるんだな、という事をしみじみと実感できました。
 それで31歳の娘なんですけど、生後1ヶ月から小学校二年生まで毎日ずっとミーティングに連れて歩きました。そして二十歳になった時に聞かれました。「私も二十歳になったのよ、酒を飲みたい」と。「依存症って病気はどういう病気なんだ?」と。「内科に行って血液検査したら、すぐわかるものか?」と、言ってました。その時にね、「飲んで試せ」と(笑)で「病気発症したらパパとママが医者変わりだ」と(笑)という所で、面倒臭い病気になるよりは依存症になってくれた方がいいかなと。生き方全てを変えることができるので、良いなという風に本当に心から思ってます。
 今日は本当にありがとうございました。泣かないで喋ることができて良かったです。

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