「みのわマックだより」創刊号から第3号までを読む(前篇)

ジャパンマックのホームページで、事務局の引越しの際に見つかった「みのわマックだより」創刊号から第7号について、その概要をご紹介しました。

ここでは、その中から創刊号、第2号、第3号を取り上げ、当時の紙面をもう少し詳しくご紹介します。

この3号を続けて読むと、15周年を迎え、北区への移転を終えたみのわマックが、これまでの歩みを振り返りながら、「これから、どのような場所として歩んでいくのか」を考えていた時期の様子が見えてきます。


創刊号――15周年を迎え、新しい場所へ

創刊号は、まず「十五周年感謝の集い」の様子から始まります。

15周年を迎えたみのわマックには、仲間や関係者が集まり、ミニーさん、テルコさんなど、これまでのみのわマックと関わりの深い人たちの姿も紹介されています。紙面からは、15年間の歩みを振り返るとともに、その歩みを支えてきた人たちとのつながりを大切にしていたことが伝わってきます。

また、この時期のみのわマックにとって大きな出来事だったのが、北区への移転です。

創刊号では、移転先を探すところから、契約、改装、そして移転に至るまでの経過が紹介されています。15周年を迎えたことと、新しい場所での活動が始まったことが、ほぼ同じ時期に重なっていたことが分かります。

そして、移転を終えたみのわマックが、これからどのような場所を目指していくのかについても語られています。

特に興味深いのが、紙面に示された「心の成長のための3本柱」です。

  • 自己運営(Self-Directing)
  • 自己発展(Self-Propagating)
  • 経済的自立(Self-Supporting)

という3つの柱が掲げられています。単に施設を維持するということではなく、みのわマック自身が成長し、自分たちの力で運営していくことを目指していたことがうかがえます。

15周年という節目は、単なるお祝いではなく、これまでの歩みを振り返り、これからのみのわマックを考える節目でもあったのでしょう。


まっくだより2号表紙

第2号――「みのわマックの魂」とは何か

第2号になると、施設の歴史や運営だけではなく、「みのわマックとは何なのか」という、より根本的なテーマが前面に出てきます。

冒頭では、

みのわマックの魂とは?

という問いが置かれています。

そこで語られるのは、非常にシンプルな「生きること」です。

アルコール依存症に苦しんでいる人たちに「生きる希望」を見つけてもらうこと。そして、朝起きて仕事に行き、帰ってきて、食事をして、楽しんで眠る――そうした当たり前の生活を取り戻していくことが語られています。

これは、現在のみのわマックの活動を考えるうえでも、非常に興味深い部分です。

「回復」という言葉を、特別なこととしてではなく、日々の普通の生活を取り戻していくこととして捉えているからです。

「本人が治ろうとすること」

第2号では、アルコール依存症からの回復について、本人の「やる気」の重要性も語られています。

リハビリテーションのプログラムがあったとしても、それを受ければ自動的に回復できるわけではない。最終的には本人自身が、自分を変えていこうとすることが必要だ――という考え方です。

そして、実際に回復した仲間との出会いが、自分自身の回復への気持ちを生み出していった経験も語られています。

ここには、みのわマックの活動の大きな特徴である、「仲間の存在」が表れています。

「みのわマックを支える」ということ

第2号には、みのわマックの運営を支える活動についての記事もあります。

15周年を迎えるまでの移転を終えた一方で、今後も活動を続けていくためには財源の確保が必要でした。「みのわマックを支える会」が生まれ、会員を増やしながら支援を続けていく取り組みが紹介されています。

また、当時の利用者数や修了者数なども掲載されており、現在のような活動報告とは少し違った形ではありますが、その時代のみのわマックがどのような規模で活動していたのかを知る資料にもなっています。

第2号の最後には、当時のみのわマックのプログラムや所在地も掲載されています。現在とは変わっている部分もありますが、当時のみのわマックがどのような場所だったのかを具体的に知ることができます。 (後編に続く)